2016年10月17日月曜日

昭和40年頃の食事

 昭和40年頃の味探訪シリーズ「カレーを作ってみよう」(7月)に続き、第2弾「一汁三菜を作ってみよう」を計画しています(10/29)。日本の医療費は「食の欧米化」に伴い急激な膨張を始め、いまでは40兆円を超え、医療制度の破たんが心配されていますが、医療費の推移から判断すると、昭和40年頃の食事が一番良かったのではと考えたからです。

 そんなとき「昭和50年の食事で、その腹は引っ込む」という本を知りました。早速読んでみると、厚労省が毎年アンケート調査をしている一般家庭の平均的食事から、昭和35年(1960)、昭和50年(1975)、平成2年(1990))、平成17年(2005)の食事を選び、それを実際に作ってマウスに8カ月間食べさせ、そのときの健康状態を調べた結果が記されています。それによると体重、老化度、肝がん発症数、糖尿病リスク、認知症リスク、いずれにおいても昭和50年の食事(下図右側から二番目)が最もよく、それ以降(左側)は急速に悪化が進行し、一方、昭和35年(1960)の食事(一番右側)も結果はよくなかったといいます。そしていずれのグラフも見事なくらいに同じ傾向を示したそうです。


肝がんの発症数

 著者によると昭和35年(1960)の食事はまだ戦後の影響が抜け切らず、ごはん中心の食事でおかずの数が少なく、しかも塩辛いものが多く、貧栄養で健康的にはよくなかったといいます。しかし昭和50年(1975)になると洋風料理が少し取り入れられるようになり、栄養が大幅に改善され、バランスも良く、それが健康に非常に良い影響を与えたといいます。しかし洋風化がさらに進むと健康的には却って悪い影響が出始めると説明しています。医療費の推移から見ると、昭和50年(1975)にはすでに急激な増大が始まっており、もう少し年代を細かく区切れば、むしろ昭和40年頃の食事が一番良かったのではと考えています。

 ところである免疫学の先生によると、免疫力が最も発揮されるのは食事のタンパク質の量が10%ぐらいのときだそうです。その食事はがんや他の大病から免れやすく、治りも早いといいます。ではタンパク質10%ぐらいの食事はどういうものかというと、「玄米菜食」を厳しく行ったときの食事で、肉や魚をほとんど食べない食事だそうです。肉や魚を食べなくても大豆やキノコからタンパク質は補え、栄養バランスはよく、しかも食物繊維が十分に摂れるからです。ただしこうした食事は長寿ではあっても早めに枯れた感じになりやすく、つまり「仙人タイプ」の体形になりやすく、だからがんに罹っているわけでなく、気迫や活力がもっと欲しい場合は、魚(できれば丸ごと食べられるもの)の量を増やし、たまに肉を食べるくらいがよいそうです。肉料理はタンパク質の量がすぐに40%くらいになってしまうからです。つまり洋風料理をわずかに取り入れた和食(昭和40年頃の食事)が、健康には一番良いということになります。

 昭和40年頃の私たちは一体どんなものを食べていたか、それを知るためのちーたび「”一汁三菜”を作ってみよう」を10月29日(9:30~14:00)に計画しています。場所は吉津地区公民館(宮津市須津1031)で、参加費は1,200円、定員8名です。ほしいもの会(丹後アレルギーを考える会)代表の青木伸代さんから「なぜ昭和40年頃の味?」の話を聞いた後、地産地消の店”すゞ菜”の女将の指導を受けながら料理を作り、試食したいと考えています。奮ってご参加ください。

昭和50年の食事で、その腹は引っ込む;都築 毅、講談社+α新書、2015
大往生できる生き方 できない生き方;阿保 徹、PHP文庫、2013

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