ミトコンドリア(つづき)
生物の進化の過程で最初にできた多細胞生物は、ヒドラやイソギンチャクなど「腸」だけからなる腔腸動物だったそうです。その腸の周りにはニューロンと呼ばれる神経系の組織が作られ、腸が「脳」の役割りも果たしていたと云います。その後動物はこの腔腸動物から「昆虫」と「哺乳類」の2系統に分かれて進化し、「心臓」や「脳」は後から進化してできた器官なのだそうです。だから人間が生まれるときも最初に作られるのは腸で、順次その周りに他の組織が形成されると云います。死ぬときも「脳死」では死なず、腸の死をもって脳の働きも完全停止します。人間の腸には大脳に匹敵するほどの数の神経細胞が張り巡らされ、例えば食中毒菌などの入った食べ物も、脳では判断できなくても腸が安全かどうかを判断し、おう吐や下痢などを引き起こして危険な物質を排泄し、身を守ってくれます。腸は一般に消化だけが目的の器官と考えられがちですが、実は私たちが生きるのに必要なビタミン類を合成したり、ガンを始め外敵から身を守る免疫システムを作ったり、脳に歓喜や快楽を伝えるセロトニン、気持ちを奮い立たせヤル気起こすドーパミンなども合成すると云います。つまり腸はもっとも賢い重要な臓器と考えられ、最近テレビ・新聞でやたらと腸に対する薬や食品の宣伝が目につきますが、その役割りを考えれば当然のことかも知れません。
ところで腸には500種類以上の細菌が100兆個以上も生息し、前述の腸の役割りに大きく加担していると云います。その重さは大腸内のものだけでも2kgほどあるそうです。それらはふつう善玉菌と悪玉菌に区分けし、善玉菌の多い方が良いように云いますが、実は両者のバランスが重要なのだそうです。赤ちゃんが生まれてくるとき腸内は無菌状態にあり、何でも舐めたがるのは一度腸内を悪玉菌の大腸菌だらけにして免疫力をつけるためなのだそうです。だから「ばっちい、ばっちい」と消毒したお皿で無菌の食べ物ばかりを与えるのはよくなく、アトピー性皮膚炎で悩んでいる赤ちゃんの実に40%には、便のなかに大腸菌が全く見つからなかったと云います。子どもを強くたくましく育てようとしたら、良いことだけの無菌状態で育てるのでなく、世の中には悪い人、悪いことがいっぱいあることもきちんと教えることが大切なように、腸内にも善玉菌・悪玉菌がバランスよくたくさんあることが重要なわけです。ただ、私たちは極度に心理的、肉体的なストレスにさらされると腸内に活性酸素が発生し、善玉と云われる菌が減り悪玉と云われる菌が増えて両者のバランスが崩れ、それが原因で免疫力が低下したり、幸せや活力を感じさせるセロトニンやドーパミンが合成されなくなって体調不良になることから、悪玉と云われる菌を悪く云うわけです。この自然界では何事も拮抗することが重要で、善玉だけでも悪玉だけでもよくなく、両者が競り合う環境が大切なのです。
私たちが必要とするエネルギーは通常、「解糖系」と「ミトコンドリア系」の二つのエンジンによって作られます。しかし腸の細胞はエネルギーの原料として「糖」を利用せず、小腸は「グルタミン酸」を、大腸は「脂肪酸」を原料にミトコンドリアエンジンを使ってエネルギーを作ると云います。大腸にいる膨大な数の腸内細菌が食物繊維を発酵して脂肪酸を作るからで、身体にとって野菜を始め食物繊維の多い食品が必要とされるのはこうした理由によるそうです。しかしミトコンドリアエンジンにはエネルギー代謝時に、「フリーラジカル」という活性酸素を発生する弱点があることは前回述べたとおりです。この活性酸素は良い働きもするのですが、細胞内のあらゆる物質と見境なく反応してしまう欠点があり、それが原因で腸は消化機能や免疫機能の低下を引き起こします。こうした活性酸素による腸の機能低下は、食品添加物や残留農薬の多い食品を食べたり、排気ガスやタバコの煙、電化製品からの電磁波、紫外線などによっても引き起こされると云います。しかしこれに有効なのが最近注目されるようになった、野菜や果物に含まれるフィトケミカルという抗酸化物質(ポリフェノールとかカテキンなど)です。これらにはこの活性酸素を消す力があるからで、腸が野菜や果物を必要とするのにはこうした理由もあるのです。「5 a Day」運動で野菜や果物を多く摂取することは、実は腸にとってとても大切なことであるのです。だから腸内細菌のバランスをよく保つには、腸内細菌のエサである食物繊維を多く含んだ野菜、豆類、海藻類、無精白穀類を食事の中心に据え、それに良質な細菌をいっぱい含んだ納豆、味噌、ヨーグルトなどの発酵食品を添えることがとても大切と云えます。そして化学調味料や添加物を多く含む加工食品などは極力避けることです。その上で極度なストレスのかかる生活習慣を改め、リラックスすることに心がけることが大切と云えます。
最近、サプリメントによる栄養補給のコマーシャルが非常に目につきます。しかしある栄養素だけがそのまま素直に効くほど身体は単純ではなく、逆に身体にとっては「偏食」となり、高濃度の抽出成分による弊害さえ考えられます。拮抗作用がないからです。やはり栄養素は食事からよく噛んで摂るべきで、それにより食べ物の多くの成分が助け合ったり拮抗して、複合的に私たちの健康に寄与することをよく理解すべきだと思います。
藤田紘一郎;”脳はバカ、腸はかしこい”、三五館(2013)
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